カテゴリー「大切なヒト・大事なコト・大好きなモノ」の7件の記事

2008/08/15

豊かさ

夕べは自宅にイトコが来て 今泊まっている友達と三人で飲んでいた ほんとうは もうひとりいっしょにつるんでいたオーストラリア人がいるんだけど とっくの昔に本国へ帰国してしまったので 三人だけの飲み会である

アスパラ入れたゴールデンカレーと ラム酒のすだちしぼりトニック ビール ワイン ポテトチップス (あ アボカド食うの忘れた)

食べて飲んで 食べてしゃべって 飲んで食べる で シメに お得意のタロットカードをやった これはまあ 自慢じゃないが どちらかといえばあたるほうだと自負している

で 自分のもやってみたときに出たのが

「目覚めて意識的でいること(自動反応のロボットにならないこと)」 じゃあ そのために使えるツールは というので 「豊かさ」 というカードが出た

豊かさ……

同い年のイトコは生まれたときからの付き合いなので別としても お友達ふたりとは もう 六年越しのお付き合いで 熊本時代の よき収穫である

六年後の今日でも 途中で 一年二年連絡をとっていなくても 会えばまた昔と同じように話ができる お酒が飲めて 食事をいっしょに取れる 泊まっても泊めてもらっても平気。 オーストラリアにいる友達とも 同じようにできるだろうことは想像にかたくない

わたしは 四六時中誰かといっしょにいると飽きてしまうし 毎日毎日同じ人とつるんでいるとかえって気づかれしてしまうタイプである 大事な友達は人生に数人でいいけれど いろんな、たくさんの人生と出会ったり いろんなものを見聞きしたりしたほうが 自分とまったく違うものと交流したほうが おもしろいと感じるほうである

人生眠いのは はっきり 「退屈」 しているからに他ならない とも 思ったりするわけで。

豊かさといえば ほんとうに豊かな人というのは 自分が何かをやりたいときにできる人なのだと聞いたことがある お金があることでもなく 物があることでもなく 人や時間でさえ関係なく ただ 「そうしたいと願ったときにそれをできる勇気がある」ことなのだそうだ

ふーむ。 そういう意味では 退屈して眠くなりかけたら なんか やりたいことを探してやるべきなんだろうな、とか思ったり

まあ 解釈はおいておいても タロットカードを引いた瞬間 ああ わたしは今幸せなんだなあ、と思って ありがたい気持ちになったよ 

すぐ隣で眠れる状態で 食事を作って だれかにおいしいと喜んでもらって みんな元気で生きていて わいわい賑やかに話ができれば 毎月ひいひい云いながら高い家賃を払っても ウサギ小屋とはいえ あるていどの広さがある部屋を借りている甲斐があるというもの

感謝感謝ですなあ。

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2008/08/09

大往生

きのう 母方の祖母が亡くなった 九十四歳の大往生である

一昨日 具合が悪くなったと連絡があって 今日明日どうこうという状態ではないけれど、と云われていた それで 朝 またなんか かわいいカードを探して送ろうかナ……(昔送ってとても喜ばれたことがある)、と思っていたところだった

帰熊した際に いっしょに行った母が「ばあちゃんがあんなにしゃべるとは知らんだった」 と驚いたほど たくさん話をしてきたので わたしとしてはそれほど悔いはない 

最後に逢って 11日目に亡くなったので きっと わたしともいろいろ話しができるように待っていてくれたんだろうな と思う

傍にいた人は 誰も すぐ亡くなるとは思っていなかったみたいだけど わたしには なんとなくこれが最後だなという予感があって ある日などは 消灯時間ちょっと過ぎるまで 話し込んでいたりしたのだ

戦争中は生まれたばかりの子を背負ってほかの子たちの手を引いて 荷物を持って白川を渡ったんだとか 女学校の体操は膝丈のブルマーをはいていたんだとか マチを洋装で歩いていると セーセー校の男の子に声をかけられたり 中学生なんかに見られたり声かけられたりしたときがあったとか 

小学校の時には 近所の池で男の子たちが裸になって池に飛び込んで遊んでいたんだとか 働いてみたかったからデパートの受付嬢をやってみたけど すぐに見初められて結婚したことだとか (その後はお金持ちの「奥様」だった)

台湾生まれで 子どものころは下女に扇であおられるような生活していたことだとか 親戚の話 ネットで探すと全国で鹿児島にもう2軒しかない苗字の家がもともとの出らしいということだとか

ミトコンドリア・イブの例に倣って云うまでもなく 祖母と娘とその娘とその娘 の四代が目のまえにいるのを見たときには スゴイなあ…… と 女性の生命力のすごさに驚いたり ちょっとしたカルチャーショックを受けたりしたこともある

わたしが生まれて 三ヶ月くらいまでは祖父母の家にいたんだけれど 家族が居間で話していると 隣の寝室に寝せられたわたしは 一生懸命頭を持ち上げて 話を聞こうとでもするかのようだったと 教えてくれたのも祖母である(赤ん坊はみんなするんだけどね)

「こんなに長く生きておりたくなかった」「早く死にたい」 というのは もう二十年も前からしょっちゅう聞いていたコトバで それは祖父が亡くなったあとくらいから云い始めたらしい わたしが熊本を行き来しだしたのが 祖父の死後からだったので この二十年 顔をあわせれば 必ず一度は祖母はそういっていたものだ 

そのたびに 「まだなんかお役目があるから死ねないんだよ」 と わたしは答えを返していた それは 生きているのが辛いとき わたしが自分に向って云うことばでもある

今回 会いに行ったときには はじめて 「年をとると涙もろくなってねえ」 「かわいそう」 と云っては 何かの拍子に涙をにじませていた それは今までに一度もなかったことだった

7日に具合が悪くなって入院して 8日に亡くなったのだから 苦しみは少なかったほうだろう

ほんとうは 去年の暮れに一度危ないときがあったので その後回復して 毎日おかしをたくさん食べて 夏休みで孫やひ孫たちもちょこちょこ顔を見せにいって それで きっとお役目が終わったんだなあ と思う

亡くなった人が 生きている人の抱えている辛いもの何かひとつ いっしょに持って行ってくれる、というのは 
二十年前から 毎年 誰か知り合いか親戚か友達 ひとりずつ亡くしているわたしのために 諏訪のとある地方出身の友達が教えてくれた言い伝えだ

ずいぶんみんなに持っていってもらったはずなんだけど 娑婆で生きるのは大変だよね まだばあちゃんに持っていってもらうものが残っていた

わたしの 「生きているのが辛い、早く死にたい気持ち」 をばあちゃんといっしょに天に持っていってください

ばあちゃん いままで どうもありがとう
ばあちゃんの顔を見ると ああ 熊本に帰ってきたんだなあ~ と いつも思っていたよ
お役目お疲れ様でした どうぞ安らかに これからもわたしの心の中で 大切なばあちゃんでいてください

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2008/08/01

幸せな話

今まで自分から好きになった人ってふたりしかいないんだけどさ あ 違った三人だ(笑) (注;青年期以降/4つくらいある幼年期の初恋Sはのぞく(笑))

このあいだ実家に帰って イトコにうなぎゴチになったじゃん?
お礼状書かねばと思ってハハに住所を探してもらったわけよ
母は「え~面倒くさい」などなどぼやきつつ年賀状ファイルを探してくれたのだが

したらば わたし宛の年賀状が一緒くたに入れてあったらしく

「あ これCさん」
「ン? え? ややや?!」

見てドびっくり 初恋のアナタ♪(注;あくまでも青年期の初恋(笑)) から数年分の年賀状が(汗)

やばい やばい やばい ちゃんと続けて送ってきてくれていたのに なんと 届いているのを知らなかったのと 自分的に年賀状描かない人なのとの相乗効果で 連絡とってなかった~~~!

しかし 見た瞬間に ものすご~く幸せな気分になったんだねえ……

写真のアナタはそれなりにそれなりにそれなりにわたしと同じくお年を召されて でも上品な笑顔に 若いころの面影がそのまま残っている

ずーっと片思いで だいぶ時間がたってから 実はアナタがとても好きだった――って告白(キャー)したんだよね 否定も肯定もせずただ「どうもありがとう。うれしいよ」って云ってもらったのが ああ 思い出しただけでも胸がときめくわ♪

だいぶ前から すでに人様のものだったので なんとかかんとかしようという気は 今はまったくもって無いのだが ええ プラトニックは得意なんですわたし(笑) 声聞くだけでも 手紙だけでも 覚えてくれていなくても 生きていてくれるだけで もう大満足 それが ちゃんと覚えていてくれただけで わざわざ年賀状くれただけで 実はもうかな~り幸せ~♪

帰京したら 連絡しよう♪ と 実はけっこううきうきしているのじゃ (口実ができたというわけだ(笑))

逢えるかな♪ 逢えるかな♪ 逢えたらいいな♪ うれしいな♪ 

貴重な一目ぼれ(人生ただ一度) なので 大事に大事に大事に いつか茶飲み友達になれたらいいなあ~ と切なくも麗しくも楽しくも いまだにそう思っているのだ 

こういうふうに 熟成した恋ってのが 自分にできるようになったなんて思いもかけなかったなあ~ ああ幸せだ。 人生捨てたもんじゃない。

恋はかりそめならずして 世のきわみまで 恋うるなり……

待っててね♪ 連絡するぜ ベイベ♪

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2008/07/30

父の命日







もう12年経ったんだなあ~

ようやく封印が解けそうな気がした朝……

いまから当時の日記を読む
あの記憶がホンモノかどうか確かめるのに日記はいいんだよね~


というのは いろいろ 実家から昔の書付を送ったのがさっき届いたんだ 

でもね つめるときにちょっと漫画の中身目にしただけで 叫びながらのた打ち回ったのさ フフフ

だから何本書いたかはまだ不明
かわりに虚無への供物の蒼司をアップじゃ。この絵はまあまあ好きだった

まあ これで良しとしてくりょ

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2008/07/21

じいさんばあさん

多少の事情により
五歳の頃から日々の出来事をなるべくことこまかに覚える努力をしていた

今日親戚のおじさんおばさん方とあったんだけど

いやあ
皆さんお年をめされましたなあ

もちろん私もなんだけど

しっかり覚えているだけに
皆ジジババになっていたのには感慨ぶかいものがある
もちろん笠知衆の親戚の坊さんもじいさんである

お説教は
人間である限り煩悩は消えない
タマネギのようなものなのです
むいてしまえば人間でなくなってしまう

修行者は煩悩をへらす努力をするけど
やっぱりなくならないものなんです
なあんて話たった
記憶しようというのはおさない私の慾だったんだけど
早くに覚える努力を始めたので

何やってもソレナリニ楽しみがあったりもする

不幸のタネも
やっぱり本人の使いようでどうにでもなるものじゃああるよな

今日は高級料亭ではらいっぱい喰って満足です
久しぶりのフアミギャザだったし楽しゅうござりました

お婆様お父様
ありがと〜うございます〜

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2008/05/19

甘いもの

今日は病院2軒行って「ダーリンは外国人2」を読み切った そいで シュークリームとショートケーキとアイスクリームを買ってきた


やっぱ おもしろいわ 異文化交流…… というマンガなのだ

日本人同士だと どうしても 自分と同じ…… と思い込んでしまうんだけど 実は ひとりひとり 生まれ育ち家系教育からして ぜーんぜんちがう文化なんだよね

肌の色や目の色や 使う言葉が違うと ちがってて当然 と思うんだけど

日本人同士なんだから判りあっているはずだ! というのは 実は幻想だったりする

それと同じで やっぱり 同じ人種だと 特にアジア人と出会ったときの日本人っていうのは どうしても 外見が自分と同じなんだから 中身も同じ…… と考えてしまいがちなんだそうだ

だから 韓国の人や 中国の人と 相対するとき ついつい 自分の価値観で見てしまって 「あいつらはおかしい!」 と なりがちなんだって 

それは 自分が 日本人のあいだにいて えええ? 同じ日本人なのに なぜこんなに考え方が違うのだ? と思うことが多いので 感覚的にとてもよくわかる かえって 「異国!」 という気配を発散している人と話したほうが (判らなくて当然)と思うので カルチャーショックが少ない場合もあったりする

どうしても 目に見えるもの 耳に聞こえるもののほうがわかりやすいから そっちがホンモノと思うけど やっぱり見えないもののほうが 真実をあらわしていることも 多いんだよね~ 

ついつい忘れてしまうんだけど―― たぶん 目や耳に頼っていたほうが 脳や心を働かせなくていいってことでもあるんだろうなあ~ 


というようなことを思いつつ…… ふと立ち寄るコンビニちゃん

たま~に ケーキが食べたいんだよね イチゴのショートケーキが 高くなくていいの かえって安いののほうがいいの シュークリームも 三個1パックとかでもかまわないんだけど さいきんは一個売りが多いんだよね

そういうとき あ もしかして心が消耗してるかな~ と思う 
甘いものって 愛情の代わりなんだって話を聞いたことがあるので……

特に病院に行った日には 買って帰ることが多い ちゃんと病院に行ってがまんしてきたご褒美だ 

しめて1380円なり。
3日は持つな (といいつつアールグレイ3杯飲んで ついでに3個目に手が伸びる……)

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2008/04/03

げ。もうこんな時間

気づいたら今日が終わろうとしている……

今日は 山用品の店に行って
バックパックを見てきた

母の日とお誕生日のダブルパンチなマミーに 

花を贈るよ~
と連絡したら

花なんかいらん 枯らしてしまう
というお答えが。

じゃーあ なんだったら欲しいのさ?
としつこく聞いたところ

別にいいんだよ なんもいらないよ
なんもいらない いらんいらん
……いらないったら!

というので

まーまー そうおっしゃらず
なんか 欲しいものあるでしょー
とさらにしつこく尋ねたところ

えーとねー んーとねー 
あのねー
さいきん超軽量のバックパックがあってねえー

あ あ あ でも聞いたら高かったし 
いいよいいよ いらないいらない
別に誕生日なんてなんもいらんから

などと柄にもなく遠慮するんで

わかった じゃあ
使ってない金券あるし
それで買えるかもしれないから
見るだけ見てくるさー

というのでチェックしに行ってきたのだ


だれかになんかあげるっていうのは
究極のところ自己満足のためでさ

もし大事なその人が永久に失われたら
何をあげようか 金ないけどどうしようか……
なんて ちんまり悩んだ思い出が
実はとても幸せな時間だったってことがわかる

なくしてみて初めてわかる幸せって
たぶん ものすごい量あるんだよ ほんと

なくしてみないとわかんないっていうのが
せつねえとこなんだけどな

人生の早いうちにそういうことわかちゃうのって
不幸なのかもしれないなあ~
と思わないわけじゃないけどさ

自分的にはよかったかも。
と思っている

だってあとで後悔しなくて済むじゃん?


つうわけで
家に戻ってから
めぼしをつけてきたブランドと型番を連絡し

田舎にあれば 一回しょってもらって
OKが出たら送ることになった

つうか 自分も欲しくなったくらい
ナイスな製品だったんだ

お揃いで買うかも(笑)

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